はじめに
「休んだほうがいい」と言われるほど、かえって身構えてしまう日があります。
横になっても気が休まらず、何もしない時間が不安を連れてくる。
休んでいるはずなのに、どこか置いていかれている感じがする。
そんな感覚を抱えたことがある人は、少なくないのではないでしょうか。
そう感じてしまうのは、暮らしの流れの中では自然なことのようにも思えます。
暮らしの中のずれ
日々は、気づかないうちに少しずつずれていきます。
寝る時間が遅くなったり、画面を見る時間が増えたり。
静かな時間が減り、音や言葉に囲まれる時間が長くなる。
部屋の中に物が増え、視線が落ち着く場所がなくなることもあります。
そうした小さな重なりが、心と体の位置を、元の場所から遠ざけていることがあります。
性格や努力とは別のところで、暮らしの重心がずれていくような感覚です。
戻すという見方
「しっかり休もう」と思うと、何か特別なことをしなければいけない気がしてきます。
けれど、「休む」という言葉の代わりに、「少し戻す」と考えてみてもいいのかもしれません。
元気だった頃に戻る、という意味ではなく、
今日の自分が立っている位置を、ほんの少しだけ元に近づける。
呼吸の深さ、視線の高さ、体の力の入り方。
正解を探さず、「こう考えてもいいのかもしれない」という距離感で。
途中の場面
例えば、昼間に強い眠気を感じて、机に突っ伏していた時間。
何も進んでいないようで、画面から目を離し、肩の力が抜けていた。
散歩に出る気力はなくても、窓を開けて外の空気を入れ替えた午後。
それは「休んだ」と言い切れるほどでもなく、
「何かをした」と胸を張れるほどでもない。
けれど、少しだけ位置を戻していた時間だったのかもしれません。
まとめ
今日は何かを変えなくていい日です。
頑張って休まなくても、立派に整えなくてもいい。
少し戻すような時間が、どこかに混じっていれば、それで十分です。
この文章を読み終えたとき、呼吸がほんのわずかに楽になっていたら、
その感覚を持ったまま、今日は終えてもいいのかもしれません。
※このテーマについては、下記のページで整理しています
