はじめに
朝、目を開けてすぐに、頭がいっぱいになることがあります。
体はまだ布団の中にあるのに、考えだけが外へ外へと向かっていく。
今日の予定、世の中の出来事、返さなければならない連絡。
何も始まっていないのに、すでに一日分の重さを感じてしまう朝です。
そうなるのは、珍しいことではありません。
朝は一日の入口で、自然と多くのものが流れ込んでくる時間帯です。
気持ちが疲れてしまうのも、無理のないことのように思えます。
朝の流れ
朝は、時間の流れが急に切り替わる瞬間でもあります。
眠っていた体が起き、生活が動き出す。
その切り替えの中で、情報も一気に増えます。
時計、天気、ニュース、通知音。
それぞれは小さなものでも、重なると音量が上がっていく。
朝の頭には、その変化が少し強く響くことがあります。
画面の中
スマートフォンや画面は、朝の情報の入口になりやすい存在です。
何気なく触れたつもりでも、次々と目に入る言葉や映像。
まだ自分の調子が整う前に、外の世界の速度に触れてしまいます。
それが悪いわけではありません。
ただ、朝という時間には、少し刺激が多いこともあります。
その量に気づかないまま、考えが増えていくこともあります。
少なくする感覚
朝の情報を減らす、というと、何かを制限するように聞こえるかもしれません。
けれど、完全に遮る必要はないように思います。
今日はここまででいい、と線を引くような感覚。
全部を把握しなくても、暮らしは動いていく。
そう考えてみると、情報との距離が少し変わります。
余白の時間
情報が少ない時間は、何もない時間ではありません。
湯を沸かす音、窓から入る光、部屋の静けさ。
そうしたものが、朝の空気をつくっています。
言葉や数字が少ない分、体の感覚が前に出てきます。
その状態は、考えをまとめるためではなく、
ただ目覚めていくための時間なのかもしれません。
途中の場面
朝、情報を追わずに過ごしたものの、少し不安になることもあります。
何か大事なことを見逃している気がする。
周りから遅れているように感じる。
でも、実際には一日はまだ始まったばかりです。
昼や夕方になってから、知っても間に合うことも多い。
途中の状態でいる時間も、ちゃんと一日の一部です。
朝の役割
朝は、整える場というより、通り過ぎる場所なのかもしれません。
すべてを理解し、準備しきる必要はない。
体と気持ちが、外の世界に慣れていく途中の時間です。
情報が少ないまま始まる一日も、
あとから必要な形に自然と近づいていきます。
朝に背負うものが軽いと、その分、呼吸もしやすくなります。
まとめ
今日は、朝の情報を減らさなくてもいい。
減らせなくても、それはそれで朝は過ぎていきます。
ただ、読んで少し緩んだなら、それで十分です。
朝は、全部を知ろうとしなくても朝でいられる。
情報が少ないままでも、暮らしはちゃんと続いていきます。
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