はじめに
朝、目が覚めた瞬間に、今日という一日をどう使うか考え始めてしまう。
うまく進められるだろうか、ちゃんとやれるだろうか。
まだ体も起ききっていないのに、気持ちだけが先回りして、少し息苦しくなる。
そんな朝を経験したことがある人は、きっと少なくないと思います。
朝に一日のことを考えてしまうのは、自然な流れのようにも感じます。
始まりの時間だからこそ、全体を見通そうとしてしまう。
そう感じるのは、ごく普通のことなのだと思います。
朝という区切り
朝は、区切りとして扱われやすい時間です。
昨日と今日を分け、これから先を整えようとする。
カレンダーや時計、予定表が、その意識を後押しします。
でも実際には、体も心も、はっきりと切り替わっているわけではありません。
眠りの余韻が残り、頭の中もぼんやりしている。
その状態で一日全体を決めようとすると、重たさが生まれやすくなります。
情報が並ぶ朝
朝は、意外と情報が集まりやすい時間です。
天気、ニュース、連絡、今日の予定。
それらが同時に目に入ることで、頭の中に一日の形が浮かび上がります。
けれど、その形は、まだ仮のものです。
体調や気分、周りの流れによって、簡単に変わってしまうもの。
朝の時点で決めすぎると、その後の変化を受け止めにくくなることもあります。
決めないという余白
朝に、一日を決めないという考え方もあります。
何をするかを白紙に戻すというより、固めすぎないでおく、という感覚です。
今日はこうなる、と線を引かずに、
ここから始まる、くらいの位置に立ってみる。
そう考えると、朝の時間に少し余白が生まれます。
小さな動き
朝は、大きな判断よりも、小さな動きが似合う時間かもしれません。
顔を洗う、窓を開ける、湯を沸かす。
それだけで、一日は静かに進み始めます。
何かを決めなくても、体は自然に次の動きを選びます。
その流れに任せてみると、
一日が形になるのは、もう少し後でもいいように思えてきます。
途中の場面
朝、予定を立てたものの、思った通りに進まない。
あるいは、何も決めないまま時間が過ぎていく。
そんな途中の状態に、不安を感じることもあります。
でも、その時間は止まっているわけではありません。
体は目覚め、気持ちは周囲に慣れていく。
一日が決まっていない状態も、ちゃんと途中として続いています。
一日の幅
一日は、朝だけで決まるものではありません。
昼に流れが変わることもあれば、
夕方になってようやく調子が合うこともあります。
朝に全体像を描かなくても、
その都度、形が少しずつ見えてくる。
一日には、思っているより幅があるのかもしれません。
まとめ
今日は、一日を決めなくていい。
朝に方向が見えなくても、時間は自然に進んでいきます。
読んで、少し気持ちが緩んだなら、それで十分です。
朝は、決めないままでも朝でいられる。
そのくらいの余白があっても、暮らしは続いていきます。
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