環境を変えることで気持ちを変えようとしない

環境を整えるという選択

はじめに

気持ちが重たいとき、
「環境を変えたほうがいいのかもしれない」と考えることがあります。
部屋を片づける、場所を移す、何か新しいものを取り入れる。
そうすれば、今の停滞感も動くのではないかと、期待してしまう。
けれど実際には、環境を変えても気持ちが追いつかず、
かえって疲れてしまうこともある。
そう感じてしまうのは、考えすぎてしまう人にとって、とても自然なことのように思えます。

暮らしの中の流れ

私たちの暮らしには、「変えれば良くなる」という考えが溶け込んでいます。
気分転換、模様替え、引っ越し、配置換え。
どれも前向きな言葉として語られることが多い。
生活リズムが乱れていたり、
情報に触れる時間が長かったりすると、
今の状態をそのまま受け取る余裕がなくなります。
すると、環境に手を入れることで、
気持ちも一緒に動かそうとしてしまう。
それは意志の弱さでも、工夫不足でもなく、
変化を促す言葉に囲まれた暮らしの中では、
自然に起こる流れなのかもしれません。

変えないという距離

環境を変えること自体が、悪いわけではありません。
ただ、「気持ちを変えるために環境を変えよう」とすると、
どこか無理が生じることもあります。
今の気持ちが、その変化についてこられないまま、
置いていかれてしまう感じ。
そんなときは、
環境と気持ちを無理に結びつけなくてもいいのかもしれません。
環境はそのままで、
気持ちがどうであっても許される。
「変えなくてもいい」という選択肢を残しておく。
そう考えてもいいのかもしれません。
正解を探さず、
今の状態との距離を少しだけ緩める。
それだけで、呼吸が楽になることもあります。

途中の場面

例えば、気分を変えようと机を整えたのに、
結局、何も手につかなかった午後。
部屋はきれいなのに、
気持ちは動かないままだった。
あるいは、外に出れば変わると思って散歩に出たけれど、
帰ってきたときも、考えは同じ場所にあった。
それでも、その時間が無駄だったわけではない。
環境は変わったけれど、
気持ちはそのままでもいいと、
途中で気づいたから。
変わらなかった状態も、
ただの途中のひとつだった。
そんな経験は、誰の暮らしにも起こりうるものです。

まとめ

今日は何かを変えなくていい日です。
環境を動かして、
気持ちまで動かそうとしなくてもいい。
変わらないままの自分が、
今ここにいてもいい。
この文章を読み終えたとき、
「無理に変えなくていい」と感じられたなら、
それで十分です。
環境は、
気持ちを変えるための装置ではなく、
気持ちがどんな状態でも、
一緒に在ってくれる背景のようなものなのかもしれません。
今日はその距離感を、
そっと保ったままでいてもいいのだと思います。

※このテーマについては、下記のページで整理しています

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