はじめに
部屋に入った瞬間、なぜかほっとする場所があります。
特別におしゃれなわけでも、広いわけでもないのに、
肩の力が少し抜けるような感覚。
一方で、便利なはずの空間なのに、
なぜか落ち着かず、長くいられない部屋もあります。
その違いが何なのか、うまく言葉にできないまま、
感覚だけが残ることもあるかもしれません。
そう感じてしまうのは、暮らしの中では自然なことのように思えます。
暮らしの中の刺激
私たちの周りには、常に多くの情報があります。
文字、色、音、形。
部屋の中に置かれた物ひとつひとつも、
実は小さな情報として目に入ってきます。
便利さを求めるほど、
機能や選択肢が増え、
視界は少しずつ忙しくなっていく。
生活リズムが速く、
頭を使う時間が長いほど、
その刺激を受け取る余裕は減っていきます。
落ち着かないのは性格の問題というより、
情報の量と、受け取る側の状態が合っていないだけなのかもしれません。
少ないという距離
情報が少ない部屋は、
何かが足りないようでいて、
実は距離がちょうどいい場所でもあります。
目に入るものが限られていると、
意識はあちこちに引っ張られにくくなる。
判断することも、比べることも、
自然と減っていきます。
「何もしなくていい」というより、
「何かをしなくても許される」空気がある。
正解の配置や理想の形を探さず、
「今はこれくらいでいいかもしれない」と思える距離感。
その曖昧さが、
心に余白をつくってくれることもあります。
途中の場面
例えば、家具が少ない部屋で、
特に目的もなく座っていた時間。
最初は手持ち無沙汰だったのに、
気づけばぼんやりと呼吸していた。
何か考えなければ、と思っていた頭が、
いつの間にか静かになっていた。
あるいは、物が少ない部屋にいるとき、
時間の流れが少し遅く感じられた経験。
何も進んでいないけれど、
何も失ってもいない。
そんな途中の状態は、
誰の暮らしにも起こりうるものです。
成果はなくても、
安心感だけが、静かに残っている。
まとめ
今日は何かを変えなくていい日です。
部屋をもっと便利にしなくても、
情報を増やさなくてもいい。
少ないままの空間が、
今の自分には合っていることもあります。
この文章を読み終えたとき、
ふと今いる部屋を見渡して、
「このくらいでいい」と思えたなら、
それで十分です。
情報が少ない場所は、
何かを生み出すためではなく、
ただ安心するために、
そっとそこにあってもいいのだと思います。
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