はじめに
毎日を同じ調子で過ごせたら、と思うことがあります。
昨日できたことが、今日はできない。
気持ちが前に向いていたはずなのに、今日は足が止まる。
そんな揺れに出会うたび、「計画が甘かったのかな」「自分の管理が下手なのかな」と考えてしまう人もいるかもしれません。
けれど、立ち止まる日が混じるのは、暮らしの中では自然なことのようにも思えます。
暮らしの流れ
生活は、一定のリズムで進んでいるように見えて、実は細かな波を含んでいます。
睡眠の深さや、前日の疲れ。
朝に触れたニュースの量や、外の天気。
部屋の温度や、音の多さ。
そうした要素が少しずつ影響し合い、その日の動きやすさを決めていることもあります。
性格や努力では説明しきれない揺らぎが、日常の中には静かに存在しています。
前提を置く
もし、立ち止まる日があることを最初から織り込んでいたら、暮らしの見え方は少し変わるかもしれません。
毎日が同じ速度で進む、という前提をそっと外してみる。
止まる日が来たとき、「想定外」ではなく、「そういう日も含まれている」と捉える。
それだけで、自分に向ける言葉の強さが、少し和らぐこともありそうです。
正解を決めなくても、「こう考えてもいいのかもしれない」という余地を残したままで。
途中の一日
例えば、予定を詰めていた休日に、結局ほとんど何もできなかった日。
やる気はあったのに、午後にはソファから動けなくなっていた時間。
それでも、洗濯物を干し、食事をして、外の空気を少し吸っていた。
進んだかどうかでは測れない時間が、その日の大半を占めていたかもしれません。
それは失敗というより、暮らしの途中に現れた、ひとつの停留所のようなものにも見えます。
まとめ
今日は何かを変えなくていい日です。
立ち止まる日がある前提で組まれた生活は、少しだけ息がしやすい。
うまく進めなかった日も、最初から想定の中に含まれている。
この文章を読み終えたとき、肩のあたりが少し緩んでいたら、それで十分です。
また動く日も、立ち止まる日も、どちらも暮らしの中に並んでいます。
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