はじめに
何かをしなければと思っているのに、体がついてこない日があります。
頭の中では予定や気がかりが浮かんでいるのに、手が伸びない。
椅子に座ったまま時間が過ぎ、窓の外の明るさだけが変わっていく。
そんな日に、「自分は怠けているのでは」と感じてしまう人もいるかもしれません。
けれど、動けないと感じる日があるのは、暮らしの中ではごく自然なことのようにも思えます。
暮らしの中の揺れ
動けなさは、性格や気合いの話だけでは語れません。
睡眠の質が少し落ちていたり、前日までの緊張が残っていたり。
スマートフォンを開けば、次々に情報が流れ込み、頭の中が休まる暇がない。
部屋に物が多く、視界が落ち着かないこともあれば、逆に静かすぎて不安になることもあります。
こうした日常の小さな揺れが重なると、心と体の動きが噛み合わなくなることがあります。
小さくするという考え
動けない状態を「何もできない」と捉えると、暮らし全体が止まったように感じてしまいます。
でも、「今日は暮らしを少し小さくしてもいい日なのかもしれない」と考えることもできそうです。
一日の中で扱う範囲を、ほんの一回り縮める。
広い視野を持とうとせず、足元だけを見る。
それだけで、呼吸が少し楽になることもあります。
途中にある時間
例えば、洗い物をしながら途中で手を止めてしまった夜。
やろうと思っていた作業を開いたまま、画面を眺めて終わった午後。
それでも、その間に湯気の立つマグカップを持ち、椅子に座り、外の音を聞いていたはずです。
「進んでいない時間」の中にも、暮らしは確かに流れています。
完全に止まっている瞬間は、意外と少ないのかもしれません。
まとめ
今日は何かを変えなくても大丈夫です。
動けない日を、うまく使おうとしなくてもいい。
暮らしを小さくして過ごす時間があっても、日々は続いていきます。
この文章を読み終えたとき、少し肩が下がっていたら、それで十分です。
先のことは、また別の日に考えてもいいのかもしれません。
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