はじめに
朝の時間、体は起きているのに、頭だけが忙しい。
まだ何も始まっていないはずなのに、考えごとだけが先に動き出してしまう。
今日の予定、昨日の反省、これからの不安。
布団を出る前から、いくつもの思考が重なって、気持ちが少し疲れてしまう朝があります。
朝に考えごとが増えるのは、珍しいことではありません。
静かな時間だからこそ、頭の中の声がはっきり聞こえてしまう。
そう感じるのは、自然なことなのだと思います。
朝の環境
朝は、情報が少ないようでいて、実はとても多い時間です。
目覚ましの音、天気予報、通知の光、今日という一日の重さ。
それらが一度に目に入ることで、思考は一気に動き始めます。
まだ体のリズムが整いきらないうちに、外の世界が入り込んでくる。
そのギャップが、考えすぎる感覚を生みやすくしているようにも見えます。
静かさの中で
夜よりも、朝の方が静かだと感じる人も多いかもしれません。
周りが動き出す前の時間は、音が少なく、自分の内側に意識が向きやすい。
その静けさは心地よい反面、考えごとを増幅させることもあります。
誰かと話すわけでもなく、作業に集中しているわけでもない。
その空白に、思考が自然と入り込んでくるのです。
少し距離を置く
朝の時間に、考えごとを減らそうとしなくてもいいのかもしれません。
ただ、少し距離を置く、という感覚は持てそうです。
考えが浮かんだら、追いかけずに置いておく。
今は扱わなくてもいいものとして、そっと横に並べておく。
そう考えてみると、頭の中の密度が少し下がることがあります。
手を動かす時間
例えば、湯を沸かす、カップを選ぶ、窓を開ける。
意味のないような動きでも、手を使う時間が入ると、思考は一度緩みます。
何かに集中するほどでもなく、ただ動いているだけ。
その間、考えごとは完全には消えませんが、前に出てくる勢いは弱まります。
朝に必要なのは、整理ではなく、散らばりすぎない状態なのかもしれません。
途中の場面
朝、机に向かったものの、考えが止まらないまま時間が過ぎる。
画面を見ながら、別のことを考えている自分に気づく。
そんな場面は、誰にでも起こります。
でもその時間は、何も進んでいないわけではありません。
体は椅子に慣れ、目は光に慣れ、呼吸も少し落ち着いてきています。
途中の状態は、見えにくいだけで、ちゃんと続いています。
朝を広く見る
朝の数十分で、一日分の考えを終えなくてもいい。
朝に出てくる考えは、仮置きのようなものとして扱ってもよさそうです。
今はここまで、と線を引かなくても、時間が進めば形は変わります。
朝は、決断の場ではなく、通過点だと思ってみる。
そうすると、考えごとの重さも少し変わってきます。
まとめ
今日は、朝の考え方を変えなくていい。
考えすぎてしまっても、そのままで朝は過ぎていきます。
読んで、ほんの少し気持ちが緩んだなら、それで十分です。
朝は、整っていなくても大丈夫な時間です。
考えごとが多いままでも、暮らしはちゃんと続いていきます。
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