はじめに
一日が終わる頃、体よりも先に頭が疲れていると感じることがあります。
特別な出来事があったわけでもないのに、
なぜか気持ちが張りつめたまま、うまくほどけない。
考えることが多すぎて、休み方が分からなくなっているような感覚。
そんな状態に心当たりがある人も、少なくないのではないでしょうか。
そう感じてしまうのは、暮らしの中では自然なことのようにも思えます。
暮らしの中の負荷
私たちの生活は、想像以上に「考える場面」に満ちています。
何を着るか、何を食べるか、どこから手をつけるか。
画面を開けば、選択肢や情報が次々と現れ、
小さな判断が積み重なっていく。
生活リズムが崩れていたり、
情報に触れる時間が長かったりすると、
考える余力は知らないうちに削られていきます。
それは性格の問題でも、要領の良し悪しでもなく、
暮らしそのものが、常に思考を求めてくる状態なのかもしれません。
考えなくていい場所
すべてを意識して暮らそうとすると、
生活は少し息苦しくなります。
そこで、「考えなくていい部分」を意図的に残してみる、
という距離の取り方もありそうです。
毎回ベストを選ばなくてもいい。
深く考えずに、いつもの流れに身を任せる部分があってもいい。
正解を探さず、
「ここは考えなくていい場所」と決めてしまう。
そう考えてもいいのかもしれません。
考えないことは、怠けることではなく、
暮らしに余白を残すためのひとつの在り方にも見えます。
途中の暮らし
例えば、朝の飲み物をいつも同じにする。
特に理由はないけれど、迷わなくて済む。
あるいは、夕方になったら自然と体が動く順番が決まっていて、
考える前に一日が静かに終わっていく。
大きな変化はないし、
何かを達成した感覚もない。
それでも、頭の中は思ったより静かだった。
「考えなくていい時間」が、
暮らしの途中に確かに存在していた。
そんな状態は、誰にでも起こりうるものです。
まとめ
今日は何かを変えなくていい日です。
生活のすべてを、
意識的に整えなくてもいい。
考えなくていい部分が少し増えただけで、
気持ちは思った以上に楽になることがあります。
この文章を読み終えたとき、
「ここは考えなくていいかもしれない」と思える場所が、
ひとつ浮かんだなら、それで十分です。
暮らしは、
すべてを考え抜かなくても、
静かに続いていくものなのだと思います。
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